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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2121号 判決

原告 石川トシ

参加人 桜沢太郎

被告 神尾ヨシ 外一名

主文

一、被告神尾ヨシは、原告に対して、別紙〈省略〉目録記載の建物を収去して、同目録記載の土地を明渡し、かつ、金五〇〇円及び昭和三一年六月一日から右土地明渡ずみまで一ケ月金九〇〇円の割合の金員の支払をせよ。

二、被告神尾に対する原告その余の請求を棄却する。

三、被告清水恒吉は、原告に対して、右建物のうち向つて右側一戸の二階六丁間一室から退去して、右土地の明渡をせよ。

四、参加人の請求を棄却する。

五、訴訟費用中、参加によつて生じた分は参加人の、その余は被告らの負担とする。

六、この判決のうち第一項は無担保で、第三項は被告清水恒吉のため金二〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

(本訴請求の趣旨及び原因)

原告訴訟代理人は、主文第一項(但し金員請求部分は昭和三一年一月一日から土地明渡ずみまで一ケ月金九〇〇円)第三項と同旨及び訴訟費用は被告らの負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)  原告は、昭和一七年一一月九日、その所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を神尾富三郎に賃貸し、同人は、本件土地上に別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有していた。なお、賃料は、数次値上されて昭和三一年当時一ケ月金九〇〇円となつていた。

(二)  被告神尾は、昭和三〇年四月二七日神尾富三郎の死亡により、その相続人として、本件建物所有権を取得するとともに、本件土地の賃借人たる地位を承継したが、昭和三一年一月一日以降の賃料を支払わない。

(三)  原告は、昭和三一年九月一七日到達の書面で、被告神尾に対して、三日以内に延滞賃料合計金七、二〇〇円を支払うよう催告するとともに、右期間内に支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたところ、同被告は右期間を徒過したので、本件土地賃貸借は解除により終了した。

(四)  被告清水は、本件建物のうち主文第二項記載の部分を神尾富三郎から借り受けて、本件土地を占有している。

(五)  よつて、原告は、被告神尾に対して、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び昭和三一年一月一日から右明渡ずみまで一ケ月金九〇〇円の割合の賃料並びに賃料相当の損害金の支払を求め、被告清水に対して、本件建物のうち前記部分から退去して本件土地を明け渡すことを求める。

(六)  なお、神尾富三郎の相続人が被告清水の主張するとおりであるとしても、次の理由により原告の被告神尾に対する本件契約解除は有効である。すなわち、賃貸借の解除のように将来に向つてのみ効力を生ずるものについては、民法第五四四条の適用はなく、従つて共同賃借人の一人に対する意思表示をもつて全員に対して契約解除をなしうるものである。仮にそうでないとしても、当時は、本件建物につき相続登記が経由されていないため、原告にとつて何人が共同相続人であるか不明の状態であり、かつ、神尾富三郎の死亡後も昭和三〇年一二月分までの賃料は被告神尾が現実に支払つていたから、少くとも同被告は共同相続人全員の表見代理人の立場にあるものということができるから、同被告に対してした本件契約の解除は有効である。

(被告神尾の答弁)

被告神尾訴訟代理人は、「被告神尾に対する原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告の請求原因事実を認めた。

(被告清水の答弁)

被告清水訴訟代理人は、「被告清水に対する原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告の請求原因事実中、前記(一)と(四)の事実及び(二)のうち原告主張の日に神尾富三郎が死亡した事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二)  本件土地賃借権は、神尾富三郎の死亡により、その共同相続人である別紙目録記載の二四名がこれを承継した。したがつて、原告が共同相続人の一人にすぎない被告神尾に対して賃貸借契約解除の意思表示をしたとしても、解除の効力は生じない。

(三)  仮にしからずとしても、被告神尾は、原告から延滞賃料の催告を受けるや、昭和三一年九月二〇日金四、〇〇〇円を原告に支払つてその残額の支払につき猶予をえ、同年一〇月一三日右残額を原告に支払つているから、結局原告主張の催告に対して有効に弁済がされたことになり、従つて、右催告に基く解除は効力を生じない。

(参加人の請求の趣旨、理由及び原因)

参加人訴訟代理人は、「原告の被告神尾に対する本件建物収去土地明渡請求権の存在しないことを確認する。参加による訴訟費用は、原告及び被告神尾の負担とする。」との判決を求め、参加の理由及び請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)  別紙目録記載の二四名は、昭和三〇年四月二四日神尾富三郎の死亡により、本件建物所有権及び本件土地賃借権を共同して相続したが、被告神尾を除く右の二三名は、昭和三一年九月一六日から同年一〇月ごろまでの間に右権利に対する各持分を同被告のため放棄し、あるいは同被告に譲渡し、さらに、同被告は、昭和三一年一二月一八日これを参加人に譲り渡した。

(二)  仮に、前項の各持分の放棄あるいは譲渡の事実が認められないとしても、参加人は、昭和三一年一二月一八日、少くとも他の共同相続人が各持分を放棄あるいは譲渡することを条件として、被告神尾から前記権利を譲り受けたものであるところ、他の共同相続人は、昭和三二年九月九日前記各持分を同被告のため放棄し、あるいは同被告に譲渡したから、これによつて参加人は完全に前記権利を取得した。

(三)  以上の次第で、参加人は、本件土地賃借権を承継し、少くとも地主である原告に対して借地法第一〇条に基く本件建物買取請求権を有するものであるところ、被告神尾は、本件において原告の請求原因事実をすべて認めて原告と馴合訴訟をするもので、同被告の敗訴の結果参加人の権利が害される虞れがあるから、民事訴訟法第七一条前段により参加する。

(四)  しかして、原告は、本件土地賃貸借契約を解除したと主張するが、共同相続人の一人にすぎない被告神尾に対して契約解除の意思表示をしたとしても、その効力は生じない。仮にそうでないとしても、同被告は、原告の延滞賃料七、二〇〇円の催告を受けるや、その期間内に金四、〇〇〇円を支払い、その後残額を支払つたところ、原告は、それから六〇日を経過して右金員を同被告に返戻してきたものであるが、かかる原告の所為は著しく信義則に反するから、原告が契約解除を主張することは許されない。よつて、原告及び被告神尾双方に対して、原告の同被告に対する本件建物収去土地明渡請求権の存在しないことの確認を求める。

(参加人の請求に対する原告の答弁)

原告訴訟代理人は、主文第三項と同旨の判決を求め、答弁として、「参加人の主張事実中参加人が本件建物所有権を取得したことは知らない。仮に参加人が本件建物所有権を取得したとしても、その旨の登記を経由していないから、原告に所有権をもつて対抗することはできない。」と述べた。

(原告の主張に対する参加人の反論)

参加人訴訟代理人は、原告の主張に対して、次のとおり述べた。

(一)  参加人が本件建物所有権取得について登記を経由していないことは認める。

(二)  しかしながら、原告は被告神尾に対して本件土地の不法占拠を理由に本訴請求をするものであるから、原告の主張によれば、参加人は被告神尾の本件土地不法占拠中に同被告から地上建物を譲り受けた者に該当し、したがつて、これについて登記を経由しないでも原告に対抗することができる。

(三)  そうでないとしても、原告は、本件土地賃貸借契約の解除が無効であるにもかかわらず、被告神尾と馴合で詐害の訴訟をするもので、本件建物所有者たる参加人に対して不法行為者に該当するから、参加人は原告に登記なくして本件建物所有権を対抗できるものである。

(参加人の請求に対する被告神尾の答弁)

被告神尾訴訟代理人は、「参加人の請求を棄却する。参加による訴訟費用は、参加人の負担とする。」との判決を求め、答弁として「参加人の主張事実中、参加人主張の共同相続人が昭和三〇年四月二四日神尾富三郎の死亡により、本件建物所有権及び本件土地賃借権を取得した事実は認めるが、その余の事実は争う。」と述べた。

(証拠関係)

原告訴訟代理人は、甲第一、二号証、第三号証の一、二及び第四号証から第六号証を提出し、証人石川卯七同正木日照の各証言並びに被告神尾本人尋問の結果を援用し、乙号各証、丙第一号証の一、二及び第八号証の成立は認める、その余の丙号各証の成立は知らないと述べた。

被告神尾訴訟代理人は、甲第六号証を除く甲号各証、丙第一号証の一、二及び第七、八号証の成立は認める、甲第六号証、丙第二号証から第四号証、第六号証及び第一〇号証の成立は知らない、丙第五号証のうち被告神尾名義の署名及び印影部分の成立を認め、その余の部分の成立は知らない、丙第九号証のうち被告神尾名義の印影部分の成立を認め、その余の部分の成立は否認すると述べた。

被告清水訴訟代理人は、乙第一、二号証を提出し、証人山口四郎の証言並びに被告神尾本人尋問の結果を援用した。

参加人訴訟代理人は、丙第一号証の一、二及び第二号証から第一〇号証を提出し、証人山口四郎の証言並びに参加人本人尋問の結果を援用した。

被告清水及び参加人の甲号各証に対する認否は、被告神尾のそれと同一である。

理由

本訴請求及び参加人の請求について判断する。

神尾富三郎が、昭和一七年一一月九日原告からその所有の本件土地を賃借し、その地上に本件建物を所有していたが、昭和三〇年四月二七日死亡したことは、被告らにおいて認め、参加人において明らかに争わないところである。

しかして、被告神尾が神尾富三郎の相続人であることは当事者間に争いがないが、被告清水及び参加人は、被告神尾が別紙目録記載の富田セイ他二二名とともに本件建物所有権及び本件土地賃借権を共同相続したと主張するから、まず、本件賃貸借が何人によつて承継されたかについて考えよう。

成立に争いのない乙第一号証によれば、神尾富三郎の法定相続人のうち神尾十太郎及び神尾与兵衛はその後死亡し、昭和三二年五月二一日当時は本件建物所有権は相続(右死亡した相続人についての相続をも含めて)により別紙目録記載の二四名が取得していたことが認められ、また、敷地賃借権は特段の事情のないかぎり建物所有権とともに相続の対象となるものであるから、相続の放棄その他特段の事情の認められない本件においては、本件賃借権は、神尾富三郎の死亡によりその共同相続人(死亡当時被告神尾以外の共同相続人が何人であつたかは、本件に提出された証拠では、必ずしも明確でないが。)によつて承継され、その後昭和三二年五月二一日当時は、別紙目録記載の二四名の承継するところであつたと認めるのが相当である。しかしながら、本件弁論の全趣旨により真正に成立したと認むべき甲第六号証及び被告神尾本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨を参酌して考えると、被告神尾は、神尾富三郎の妻として同人とともに本件建物に居住し来り、その死亡後は、昭和三〇年一二月分まで本件土地の賃料をみずから支払つてきたが、同被告を除く別紙目録記載の二三名は、本件建物につき合計三分の一の持分を主張できるものであるところ、相続開始後本件建物に居住したりあるいはこれにより収益したりすることはなく、同被告が本件建物を単独で使用収益することを黙認していたが、昭和三二年九月九日には現存の権利者全員が同被告のため本件建物に関する権利を放棄したことを認めることができるのであつて、これによれば、神尾富三郎の死亡と同時に当然に現実の使用者である被告神尾のみが本件賃貸借の賃借人たる地位を承継したものと認めることは困難としても、おそくとも前記昭和三二年九月九日までには、同被告が単独で賃借人たる地位を承継したものであり、その反面神尾富三郎死亡後の賃借人としての義務もまたすべて同被告の負担するところとなつたものと認めるのが、共同相続人全員の意思に合致するというべきである。

そこで進んで原告の本件賃貸借解除について考えるに、当事者間において成立に争いのない甲第三号証及び第五号証の各一、二、証人石川卯七の証言及び被告神尾本人尋問の結果を綜合すると、被告神尾は昭和三一年一月一日以降本件土地の賃料一ケ月金九〇〇円を支払わなかつたので、原告は、同年九月一七日到達の書面で同被告に対して、三日以内に延滞賃料合計金七、二〇〇円を支払うよう催告するとともに、右期間内に支払のないときは本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたところ、同被告は右期間内に金四、〇〇〇円を支払つたのみであることが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると、前段説示から明かであるように、右催告及び解除の昭和三一年九月当時は、いまだ本件賃貸借の賃借人たる地位が被告神尾のみによつて承継されていたとはいうことができないから、共同賃借人の一人である同被告に対してのみ延滞賃料の催告がなされ、その不履行を理由に契約が解除されたことになり、被告清水及び参加人は、この点をとらえて本件解除は効力を生じないと主張する。

しかしながら、すでに認定したとおり、被告神尾は神尾富三郎の死亡後本件建物に居住した唯一の共同相続人であり、みずから本件土地の賃料を支払い、他の共同相続人においてもこれを暗黙のうちに了解していたと認められる以上、同被告は、他の共同相続人の各持分に関して代理権限を有したものというべきであるのみならず、本件建物について相続登記が経由されたのが昭和三二年五月二一日であることは前掲乙第一号証により認められ、それ以前である前記催告当時、原告が被告神尾以外の共同相続人のあることを認識していながらあえて同被告のみを相手として催告したような事情の認められない本件においては、他の共同相続人に対する催告を欠いても解除の効力は左右されないと解すべきであり、しかも賃貸借の解除については民法第五四四条第一項の適用はなく共同賃借人の一人に対してした解除の意思表示は共同賃借人全体について効力を生ずると解するのが相当であるから、被告清水及び参加人の主張は採用することができない。

なお、被告清水は、被告神尾が催告期間内に原告から延滞賃料残額の支払について猶予をえたと主張するけれども、その事実を認めるに足りる証拠はないし、また、参加人は、原告が催告期間後六〇日を経過して被告神尾の支払つた延滞賃料を返戻してきたから信義則に反すると主張するが、仮にそのような事実があつたとしても、それだけでは賃貸人としての信義則違反を云為すべき筋合とは考えられないから、右主張はいずれも採用することができない。

叙上説示したとおりであるから、前記催告期間内に延滞賃料全額について弁済のあつたことの認められない以上、本件賃貸借は右期間の満了とともに解除により終了したものといわざるをえない。

従つて、被告神尾は、原告に対して、本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務があり、かつ、延滞賃料のうちさきに認定した弁済額金四、〇〇〇円は、これについて特段の指定のあつたことの認められない本件においては、順次昭和三一年一月一日以降の賃料に充当されたものと認むべきであるから、結局、同年五月分の賃料残額金五〇〇円と同年六月一日から本件土地明渡ずみまで一ケ月金九〇〇円の割合による賃料及び賃料相当の損害金を支払う義務があり、同被告に対する原告の請求は右の範囲において理由がある。しかして、原告の本件建物収去土地明渡請求権の不存在確認を求める参加人の請求は、その余の判断をするまでもなく失当である。

次に、被告清水が本件建物のうち主文第三項記載の部分に居住して本件土地を占有していることは、同被告と原告との間において争いのないところであるから、本件土地所有権に基き同被告に対して右部分から退去して本件土地を明け渡すことを求める原告の請求もまた正当である。

よつて、被告神尾に対する原告の請求は、前記の範囲において認容し、その余の部分を棄却し、被告清水に対する原告の請求を認容し、参加人の請求を棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第九四条、仮執行につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻)

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